マサルシ 男のヨガブログ

パッとしない普通のサラリーマンだった男がヨガをしたら人生面白いことになりました。

愛想がよければ余所者にはならない

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愛想がよければ余所者(よそもの)にはならない

 

というのは、インドのことわざです。

 

「人は何も持たずに生まれてきて、自分で全てを築きあげていく。しかし、新たな場所に行けば、余所者として振り出しに戻る。そこで、微笑みや親しみのある態度で多くの友人を得ることができれば、その場所で余所者ではなくなる。どんな時でも親しみをもって接する態度を身につけなさい。」という意味です。

 

実際にインドの人が愛想がいいか?と言われると全員ではないんでしょうけどね(笑)

僕が見てきたインドの人達は〜、、うーん、五分五分。笑

 

愛想が良い人って、得はあっても損はないんじゃないかな?って思っていて、この諺では「新しい場所」だけど、「新しい会社」でもいいし、「新しいお店」でもいいし、「新しいコミュニティ」でもいい。どこでも使える処世術だと思うんですよ。

 

今回また僕は大阪に戻ってきて、振り出しに戻ったわけですけど、この諺のように愛想よくやっていかなきゃなって思っています。

 

これは、ヨガのクラスに来てくれた人にも当てはまる諺でして、初めて来てくれた時にインストラクター側が声を掛けた時に、とっても愛想が良い人と、そうでもない人に別れるんだけど、やっぱり「そうでもない人」には講師側も「あんまり話しかけて欲しくないんかな?」って気を遣っちゃうんで、結果「余所者」になってしまうんですよね。

(別にそれはそれで、余所者で終わっていいんだけど、あなたが「早く馴染みたい」「仲良くしてもらいたい」って思ってるなら、の話ね)

 

意地張って、かっこつけて、プライド高くしたって怖いだけ。誰に対しても愛想が良い、微笑みがある、親しみがあるって、新しい環境になった時ほど大切なことです。

 

明日からでも人は変われるし、急にガラッと変わっても良いんだから、積極的に、良い方向に変わっていくことは、立派な大人のたしなみだなと思います。

 

年を重ねる楽しみはそこにあると思う。

 

 

という僕の思い込み。