マサルシ 男のヨガブログ

パッとしない普通のサラリーマンだった男がヨガをしたら人生面白いことになりました。

あなたであることに価値がある。

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子供の頃、「自分の価値ってどれくらいあるんだろう?」って無意識によく考えていました。

この世の中、どんな人が「価値のある人」なんでしょうか?
 

友達がいっぱいいる人?

SNSのフォロワーが多い人?

パートナーがいる人?

結婚して子供がいる人?

ファンが多い人?

外見やスタイルが良い人?

体脂肪の少ない人?

年齢が若い人?

役職や肩書きがすごい人?

収入の多い人?

高級品を身につけている人?

 

今の時代の、「人の価値としての基準になりそうなもの」を列挙してみたけど、やっぱり、これらって「持てば持つほど《不安》になるもの」なんじゃないかなぁ?って改めて思った。

(あえて《不幸》じゃなくて《不安》と言いたい。)

 
一度持ってしまったが故に、失う時に怖くなったり、「失ってしまった」と感じたときの落胆が大きくなるもの。それが、現代の「見せかけの価値」の正体ではないのでしょうか。

 
そんなもの持っていなくても、

 

本当は、存在しているだけで価値があるし、

 

あなたがいるだけで嬉しい人は沢山いる。

 

僕もそのうちの1人なのは間違いなく、これを読んでくれているあなたと、何気ないやり取りをしたり、関わりがあるだけで嬉しいのだ。

 

「あなたが生きていてくれて僕は嬉しい。」

 

そのメッセージを届けたくなったから、今ここに載せておこう。

 

何者でなくていい。

 

目立ってなくていい。

 

成し遂げてなくていい。

 

「すごい人」じゃなくていい。

 

あなたが、あなたとして生きてくれていることに価値があるのだ。

 

誰かの決めた価値や評価なんかを気にせず、あなたは、あなたが喜ばせたい人を喜ばせる生き方をすればそれでいい。

その相手が1人であろうと、大勢であろうと、人数は関係ない。

《想いの質》の問題だ。

 

昔の自分にも言ってあげたい。

「キミは、キミで生まれてきたことに価値があるんだよ。」って。

 

そして、自信が持てなくなった時や、自分の価値を見失った時は、自分で自分に聞けばいい。

「あなたは、誰を喜ばせたい?」

そう聞いて頭に浮かんだ存在が、あなたに「価値に替わる生き甲斐」を与えてくれる存在であることに間違いないから。

 

 

という僕の思い込み。