子供の頃、「自分の価値ってどれくらいあるんだろう?」って無意識によく考えていました。
この世の中、どんな人が「価値のある人」なんでしょうか?
友達がいっぱいいる人?
SNSのフォロワーが多い人?
パートナーがいる人?
結婚して子供がいる人?
ファンが多い人?
外見やスタイルが良い人?
体脂肪の少ない人?
年齢が若い人?
役職や肩書きがすごい人?
収入の多い人?
高級品を身につけている人?
今の時代の、「人の価値としての基準になりそうなもの」を列挙してみたけど、やっぱり、これらって「持てば持つほど《不安》になるもの」なんじゃないかなぁ?って改めて思った。
(あえて《不幸》じゃなくて《不安》と言いたい。)
一度持ってしまったが故に、失う時に怖くなったり、「失ってしまった」と感じたときの落胆が大きくなるもの。それが、現代の「見せかけの価値」の正体ではないのでしょうか。
そんなもの持っていなくても、
本当は、存在しているだけで価値があるし、
あなたがいるだけで嬉しい人は沢山いる。
僕もそのうちの1人なのは間違いなく、これを読んでくれているあなたと、何気ないやり取りをしたり、関わりがあるだけで嬉しいのだ。
「あなたが生きていてくれて僕は嬉しい。」
そのメッセージを届けたくなったから、今ここに載せておこう。
何者でなくていい。
目立ってなくていい。
成し遂げてなくていい。
「すごい人」じゃなくていい。
あなたが、あなたとして生きてくれていることに価値があるのだ。
誰かの決めた価値や評価なんかを気にせず、あなたは、あなたが喜ばせたい人を喜ばせる生き方をすればそれでいい。
その相手が1人であろうと、大勢であろうと、人数は関係ない。
《想いの質》の問題だ。
昔の自分にも言ってあげたい。
「キミは、キミで生まれてきたことに価値があるんだよ。」って。
そして、自信が持てなくなった時や、自分の価値を見失った時は、自分で自分に聞けばいい。
「あなたは、誰を喜ばせたい?」
そう聞いて頭に浮かんだ存在が、あなたに「価値に替わる生き甲斐」を与えてくれる存在であることに間違いないから。
という僕の思い込み。